素朴な山です2011/01/31

先日、箱根の温泉に行ってきました。
今回は山歩きをしない友人と一緒だったので、下界の旅です。


芦ノ湖畔から見る駒ケ岳(多分)

芦ノ湖畔から…。
この写真、って多分「駒ケ岳?」でいいんですよね?
山頂付近にロープウェイの駅らしき建物が見えるので、おそらくそうだと思うんですが。

昨年秋、神山~駒ケ岳と登ってきました。
自分が登った山を、下界から眺めると、また感慨深いモノです。
あのテッペンに自分の足で登ったんだなぁ、と。(しみじみ)

しかし、下界から見ると、「これがどの山」ってことがよくわからないのが情けない。
方向感覚も超オンチだし…(泣)

でも、冬の冷たい空気の中でスックと立っている山の姿を見ると、またテクテクと登って行きたくなっちゃいますね。

埼玉県秩父市・羊山公園~芝桜の丘~2010/04/27


駅のポスターだったか、一面のピンク色の絨毯のように花が咲いている写真を見かけた記憶があり、行ってみたいなと思っていた。

仕事が休みの平日に出かけてみた。
久しぶりの快晴。

池袋から西武池袋線特急レッドアロー号で、横瀬駅まで。
駅からの道も整備され、案内板もたくさん出ているので、迷う心配はなさそう。
里山の雰囲気一杯の、のどかな道をぷらぷらと15~20分くらい歩けば、芝桜の丘に到着。
芝桜の丘

白い芝桜

広い丘に、ピンクや白、うす紫の芝桜がひろがる。
青空、りりしい姿の武甲山、そしてそのふもとに一面の花の絨毯。
思いっきり腕を伸ばしたくなる空間。

まぁ、電車や駅があれほど込んでいたので、当然といえば当然だろうが、やっぱり多くの人でにぎわっている。
平日で人が少なめ、というのを期待していたが、そこはちょっと誤算だったかな。
「これが土日やゴールデンウィークになると、どうなるんだろう」と要らぬ心配までしてしまった。

しかし、ここのところ運動不足だったので、少しウォーキングできたのは良かったな。
で、どうせ歩くなら空気がきれいで、花、緑がいっぱいの場所であれば、その方がやっぱり楽しい。

…たまにはちょっとしたショートトリップで気分転換(脱日常?)したいな、と。



鎌倉、稲村ヶ崎。そして大昔の思い出。2010/04/19


稲村ヶ崎


大昔の思い出。
小学校六年生の修学旅行の行き先は、江ノ島鎌倉だった。
旅行の数日前、当時の担任の若い男の先生が、みんなを校庭の芝生の上に座らせて鎌倉の歌を教えてくれたことを今でも覚えている。

「七里ガ浜の磯づたい 稲村ヶ崎名将の 剣投ぜし 古戦場」
(「鎌倉」 芳賀矢一作詞・作曲不詳/文部省唱歌)

背が高くスマートな方だったが、どちらかといえばいつも淡々と子供たちに接し、あまり情熱を表に出すタイプの先生ではなかったと思う。
そんな先生が、「鎌倉に行くから鎌倉の歌を覚えよう」などとおっしゃって、カセットなどの(大昔なので…)音源を何も使わずに、晴れた空の下で、自ら何度も歌って聞かせてくれた。
普段それ程声の大きな先生ではなかったのに、みんなに聞こえるように声を張り上げて。
そして歌詞の難しい言葉を説明してくれ、我々子供たちにも一緒に歌わせた。

今だにその光景を覚えているくらいなので、子供心にもかなり印象的な出来事だったのだと思う。
失礼ながら、そんなことをしてくれそうな先生と思っていなかったから。
先生もよほどこの曲がお好きだったのか。
それとも、何かこの曲に大切な思い出でもあったのだろうか。

「磯づたい」の部分のメロディの上昇と「名将の」の部分の下降が、なんとなく変わった曲だなと感じたような記憶がぼんやりとある。
でも、一度覚えてしまうと、それは妙に心地よく、繰り返し口ずさみたいメロディとなった。

また山の中で育った私にとって海は、真夏の海水浴で年に一度行けるかどうか、という場所だった。
歌詞の「七里ガ浜」「稲村ヶ崎」「磯づたい」…という言葉に、それまで知っていた海水浴場としての海とは違った気配を、何となく感じたかもしれない。
近づいていた修学旅行をますます心待ちにした。

実際の旅行中に、みんなでこの歌を歌ったのかどうかは、もう覚えていない。
鶴岡八幡宮に行った記憶はあるが、長谷の大仏に行ったのかさえも覚えていない。(おそらく行っただろうが)
旅行が、春だったのか秋だったのかの記憶もあやふやだが、初めて見る、水着姿の人がいない海に感激した記憶は何となく残っている。
山奥の子たちは、妙にうれしくて、裸足になってパチャパチャ波打ち際ではしゃいでいた。

大人になってからも鎌倉は何度か訪れたが、やはり、夏以外の海に憧れ、江ノ電に乗って、由比ガ浜や七里ガ浜、そして稲村ヶ崎まで足を伸ばすことが多かった。
特に稲村ヶ崎あたりまで来ると、鎌倉駅周辺の喧騒とは、また違った空気が感じられ、好きな場所となった。
数年前、長年務めた会社を辞めるかどうか迷っていた時期にも、稲村ヶ崎をフラフラしたことがある。
この場所に来たからといって結論が出たわけではないが、何かに迷った時にここを訪れたというのは、あるいは子供の頃の思い出と何か関係していたのかもしれない。

江ノ島を望む

稲村ヶ崎あたり

*写真は、稲村ヶ崎とその周辺。(2007年撮影)
*「稲村ヶ崎」という詩も書いてみました。



旅の記録~啄木の渋民へ(2010・2月)2010/04/05

岩手一人旅、続々編。

昨年冬は、宮沢賢治の足跡めぐりをしたので、今回は石川啄木を追いかけようと、盛岡方面へ。

まずは、宿の送迎バスで花巻駅まで。
花巻駅で東北本線の待ち時間が結構あったが、仕方がない。
地方の旅では、どうしても電車の本数が少ないから、待ち時間も楽しむつもりでないと。
11時17分、花巻発。11時55分盛岡着。
盛岡はさすがに開けて都会的。

さて、啄木のふるさと「渋民」をめざし、急ぎバスに乗る。
…が、しばらくして乗り間違いに気付く。(愚かだ…)
運転手さんに乗り換え方法教わって、事なきを得る。
乗り換えの待ち時間も少なくてすんで、よかったぁ。

バスに揺られ、だんだん盛岡を離れてゆく。
ゆったりした道路、雪も深くなってくる。
盛岡市内とはまたちょっと違う素朴な空気感が増し、渋民に近づく。
盛岡からバスで30分ほどかかるが、こちらまで来てよかったと思った。

啄木記念館に到着。
石川啄木記念館

書簡、ノート、遺品…啄木が愛用したというリードオルガンなどもある。
啄木の歌、有名な数首しか知らないけど、胸を揺さぶる、ものすごい力があるな、と感じていた。
そんな歌人の、決してきれいごとだけでない26年の生涯が生々しく伝わってくる。
じっくり時間をかけて見入ってしまった。
渋民尋常小学校校舎と斉藤家

記念館の裏手には、啄木の母校・代用教員も勤めた渋民小学校。(写真左)
その隣には間借りしていたという斉藤家。
小学校の中にも入れる。
暗めで、空気もひんやりしているんだけど、胸にぎゅっと迫るものがある。
今は無人で、机、イス、オルガン、黒板などがあるばかり。
それでもにぎやかな子供たちの声が聞こえてきそう。
あるいは生活は苦しかったとしても、大きな山に抱かれた学校には、子供たちの笑顔が溢れていたのだろうなぁ、と。

少し歩いて、渋民公園へ。
渋民からのぞむ岩手山
 「ふるさとの山に
 向かひて言ふことなし
 ふるさとの山はありがたきかな」
  (石川啄木「一握の砂」)

…このあたりから岩手山を望むと、この歌が、しみじみ身をもって実感できる。

そして公園内の歌碑も堂々たる姿。
(この写真のイメージより、かなり大きかったです)
歌碑「やはらかに柳あをめる…」

 「やはらかに柳あをめる
 北上の岸辺目に見ゆ
 泣けとごとくに」
  (石川啄木「一握の砂」)

まさにその場所で、その歌を味わう。屋内でなく空の下で。
歌碑、ってそういう意味があるのかもしれないな、と初めて感じた。

渋民で忘れがたい時間を過ごした後、バスで盛岡市内へ戻る。
まだ日が落ちていなかったので、啄木新婚の家もりおか啄木・賢二青春館、そして、盛岡城址公園などまわった。
啄木新婚の家、表示

 「不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて
 空に吸はれし
 十五の心」
  (石川啄木「一握の砂」)

この歌にも、迫ってくる凄みがある。
若い希望に溢れた心が、空にむかって一直線に突き抜けていきそうだ。

さて今晩は、盛岡駅前のホテルに。
二泊のうち一泊は温泉宿だったが、二泊目は普通のホテル。
なにせ一人温泉宿デビューだったので、今回はそんな選択。

翌日は、小岩井農場を訪れたが、デジカメのバッテリー切れで、写真一枚もなし…。
今回の旅の記録は、一応ここまでに。
ありがとうございますっ。

旅の記録~花巻、鉛温泉(2010・02月)2010/04/05

二月の、岩手一人旅の続編。

平泉駅から東北本線でまた北上。
同じ岩手県内でも北上するにつれて残雪が増えてくるのがわかった。
コトコト揺られ、途中少しお昼寝も。
電車の中でウトウトするのってどうしてあんなに気持ちいいんだろう。

そして花巻駅に着く。
ホーム反対に、釜石線のマッチ箱のような車両が目に飛び込む。
昨年冬も花巻にやってきて、数駅だけ乗った電車なので、懐かしい。
また次回は乗りたいな、と思う。
(夜になると、本当に宮沢賢治「銀河鉄道の夜」彷彿!)

花巻駅で少しビールなど買いこんで、温泉郷への送迎バスへ。
他にも一人旅らしい人チラホラ。(ただし何故か男性ばかり?)
バスは満員。
癒しを求めて旅にやって来る人々の、声の無い熱気を感じる。
いくつかの温泉地を回り、少しずつお客さんを降ろしながら進む。
小一時間バスに揺られ、鉛温泉藤三旅館へ到着。
藤三旅館

噂に違わない、歴史の風格あるレトロな門構え。
ロビーで案内されるのを待つが、一人の私は、少し落ち着かない。
そして、若くて元気な仲居さんが部屋に案内し、いろいろと説明してくれる。
今回は部屋食…。でも凝れば大広間での食事だったらやっぱりちょっと気まずいかもなぁ、と、今回一人温泉宿デビューの私はあれこれと思うのだった…。
(いやいや、私が勝手に気にしているだけかもしれないけどね…)
まぁ、自由気ままに好きなだけお風呂と、雪景色を堪能しよう、っと。
気楽なような、ちょっと淋しいような。

温泉はホント気持ちよかった。
ここ鉛温泉の名物は、白猿の湯という深さ約1,25mの立って入る温泉。
女性専用時間もあるが、混浴。
混浴の時間帯に入る勇気はちょっと無く、まずは、露天風呂の桂の湯など、別のお風呂めぐりから。
やっぱり露天はいいなぁ。外気に触れながら入るのが好き。
また雪が降り始め、源泉100パーセントかけ流しの雪見風呂が実現。
細かいみぞれまじりのような雪。
藤三旅館2

藤三旅館3

そして、テレビ見ながら、まったりと夕食。
せっかくなので岩手の銀河高原ビールをいただく。
初めて飲んだが、これが、なにか微妙な甘みがあるような…はまってしまいそうなおいしさだった。
ウーン、雪国にぴったり。

食事、お酒、温泉、持ち込んだ文庫本…。
少しからだが冷えると、またお風呂へ…と、お泊り中(夜も朝も)何度も入ってしまった。
女性専用時間を待って、白猿の湯も、しっかり堪能する。
地元の方らしきおばちゃん同士の、東北なまりの会話を漏れ聞きながら、ゆったりと。
お風呂も深く、天上も高く…。

一人旅自体は何度もしたことがあるけど、こういう温泉宿に一人で泊まるのは、本当に今回が初めて。
普段の生活の場所を離れて、一人こっそりとのんびりくつろぐ。
実は、最高の贅沢?
また一歩「ひとり遊び上手」になってしまったかな…。
あー、また温泉行きたくなってきた。